2019
07.02

「木村拓哉のどこがそんなにいいのか分からないから・・・なんだよ」の「・・・」を埋めることで己を救う試み

コラム, 木村拓哉のどこがそんなにいいのか分からないから・・・なんだよ

序章

「木村拓哉のどこがいいのか分からない。なぜそんなに人気があるのか分からない」

中学生の頃、私は木村拓哉がどうして国民的に人気があるのか分からなかった。木村拓哉のファンでもSMAPのファンでもなかった私は同じく木村拓哉のファンでもSMAPのファンでもなかった友人に「木村拓哉のどこがそんなにいいのか分からないわー」と、自分達の人生とは全く関係ないテーマでもってだらだらおしゃべりしようか程度の感覚で語りかけた。どうでもいい会話のはずだったが、そこで友人が返してきた言葉が後々の私に大きな影響をもたらすこととなる。

友人は

「そんなこと言ってるから・・・」

と返事したのだった。

「だから、なに?」笑いながら促したが、友人は「ううん、なんでもない」と続きを語ってはくれなかった。たぶん、否定に近い言葉が続くのだろう。察しのいい私はそれ以上は深掘りしなかった。木村拓哉をきっかけに否定されるなんて面白くないだけだったし。

やがて大人になって、デザイナーとして多くの人に共感してもらえるデザインを作らなくてはならなくなり、マンガ家としてキュンキュンしてもらえるマンガを描かなくてはならなくなって、あの時、友人が言った「そんなこと言ってるから・・・」が頭のなかでどんどん大きくなっていった。

「木村拓哉のどこがそんなにいいのか分からないわー」と言っていた頃の私は、誰を好きになるかは自分が決めることで、他人に自分のことを好きかどうか決められるなんて冗談じゃないよという立場だった。

大人になり「木村拓哉のどこがそんなにいいのか分からないから、ここまでの結果しか出せていないのでは?」と焦る私は、作ったものを他人に受け入れてもらったうえで、さらに作ったものでどれだけお金をもらえるかという立場になっていた。

自己肯定感に包まれていた箸が転がるだけでバカ笑いしていた中学生の私は、よりにもよってデザイナーとマンガ家という、他人の評価が全てという自己の消失が前提の仕事を選んでしまったのだった。

ここから私の「そんなこと言ってるから・・・」の続きを考える旅が始まる。自己否定の旅とも言えるが、私は他人様に弱点や欠点を的確に指摘してもらえるタイプではないので、自分で自分を否定しながら気付くしかない。

このコラム『木村拓哉のどこがそんなにいいのか分からないから・・・なんだよ』では現在進行形で「・・・」の部分について考えていることを記録していこうと思う。

無礼は承知で敬称は略す。


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