2020
09.13

助けてって言うのは負け犬のすること?

とにかく新着, コラム

今でこそ、さも当然という顔をして「レビューしてね」としつこくお願いする海辺野ですが、お願いしようと決意するまで『レビューしてってお願いするのは実力がないから』という『思い込み』に囚われていました。

決意するなんて大げさですが『ヘタクソのレビュー乞食』って揶揄されるほど、クリエイターやアーティスト気質の人には『応援してってお願いするのは実力がないから』という美意識が根強くあって、それをしなくてもちやほやされてなんぼだ、それがアーティストの誇りだ、みたいな共有認識があるんです。だから、「乞食だ」と後ろ指指されるのを分かっていてお願いするのは決意がいりました。

この記事は、『思い込み』から解放されて素直にお願いできるようになった流れを記録したものです。

素晴らしいなら黙っていてもイイネもらえる?

いいものを描いていれば黙っていてもイイネしてもらえる、拡散してもらえる・・・だから、イイネを欲しがったり拡散してもらおうとするのは面白いものを描けていない証拠だ。・・・海辺野もこう考えていた時期がありました。

だから、誰にもイイネしてもらえないどころか、作品の存在に気付いてさえもらえない状況にあっても「確かに未熟な作品だし・・・無視されて当然だよね」と納得して、ただ闇雲に「もっと努力しなくっちゃ」と、自分自身に言い聞かせていました。

ところが、ある日『いいものであっても黙っていては反応されない』と思える、天啓にも似た出来事が訪れたのです。

その天啓はプールでもたらされた

ある日、ジムのプールで泳いでいたら、とある婦人に「あなたは泳ぎが上手だからむこうの巧いひとむけのロングコースで泳いでよ」と要求されました。
さも当然という顔をして赤の他人に要求するその人を軽やかに無視して(おい)、そのまま同じコースで平泳ぎをしながら、海辺野は気がついてしまったのです。

「マンガも余裕で描いているように見えているかもしれない!」と!!!

なぜあんな要求をされたのか。慣れたフォームでいくらでも泳げるように見えていたから、あんな要求をされたはずです。実際にはすぐに息が上がってしまう体で必死に泳いでいたとしても、他人にはそれが分からないから、あんな要求をされたはずなのでした。

そして気がついたのです。

「マンガも慣れた手つきで気楽に描いているように見えているかもしれない!」と!!!

本当は溺れそうになりながらなんとか泳いでいるなんて、他人には分からないんです。本人はもがき苦しみながらやっていても、他人には必死でやってるなんて分からないんです。

助けが必要だって知らなければ、助けられないのは当たり前

逆の立場になって想像してみました。

慣れた手つきでやってる人が居たとして、その人が『こういう状況で苦しいんだ』と教えてくれなかったら助けようがないじゃないか? どんなことをしたら助けになるのか教えてくれないと、適切に助けられないじゃないか?(応援のいきすぎ行為とか)頼まれてもいないのに一方的に助けようとする人は少数派で、多くの人は「何をしたら助けになるのか分からない」から何もしないんじゃないか?

これって、相手が自分にはできないことをやってる人だったらなおさらじゃないか?

自分にはできないことをやってるスゲー人を、それができない自分がどうして助けてあげられるなんて思えるのか。

作家が作っていようが、演者が演じていようが、試合をしていようが、それを受け取って楽しんでいる側の人間には助けが必要だって分かるわけがないし、例え分かったとしてもどうやったら助けになるか分かるわけないじゃないかーッ!(少なくとも海辺野には自分にはできない事をやってる人の助け方なんて分からないぞー!)

自分は人気作家じゃないけど、そういうことだ

海辺野ジョーの場合は人気も知名度もないのですが『スゲーと思ってる人、自分にはできないことをやってる人の助け方なんて分かるわけない』という己で導き出した答えは正しい気がしました。

それで『このマンガ、面白いんじゃない?』『好きかも』と思ってくださった方に向かってお願いしようと決意しました。

「貴女のレビューが私を救います、レビューください」・・・って。

レビューが欲しいってお願いしたら

「貴女のレビューが私を救います、レビューください」とお願いするようになってから、事実、レビューしてくださる方が増えました。そればかりか、この作品はこういうところがいいんだ、と好きなところを熱く語ってくださる方も現れ始めました。

人ってこんなに優しいんだ・・・

思いやりのある暖かいレビューをたくさんいただけて、勇気が湧いてきました。応援してもらえると勇気が湧いてくるんですね。勇気は自信とは違うんだって、齢45で知ったのでした。

読者の皆様からのレビュー・応援のお声に励まされています。本当にありがとうございます。
:*:.。.:*〆(´∀`*)*:.。.:*:

返報性の原理が働くのでしょうか、応援してくださってる方に楽しんでいただけるものを描きたい!と作品作りに集中できるようになりました。誰にも応援されずに作っていた頃とは集中の質が変わったように感じています。

楽しんでもらってなんぼ、だから助けてって言いにくい

マンガはそこに苦しみが描かれていたとしても、最終的には「読んでよかった(いい時間だった)」と思われてなんぼです。作家は「相手を満たしたい」と「自分を助けて欲しい」という背中合わせの願いに引っ張られて、心がちぎれてしまいそうになります。

マンガを楽しんだ人達が自分を助けてくれたら、背中合わせの願いに引っ張られずに済む。だから、助けてって言おう。

応援してねと言える仕事をしていこう

『面白ければ黙ってても高評価されるし、レビューを欲しがるのは乞食と同じ』というのは、対女性読者に限っては当てはまらないと思います。女性は面白くなければスルーするし、必要性を感じなければレビューもしない。良くても悪くても無反応になりがちなんじゃないでしょうか。

これからも、海辺野ジョーは厚顔さらして・・・、いや、もう、こんなにレビューしていただいているのに厚顔さらすなんて失礼な表現かもしれません・・・、これからも、海辺野ジョーは背筋を伸ばして深々とお礼しながら読者の皆様の支援を請います。

読者の皆様の応援・レビューが海辺野ジョーには必要です。
どうかこれからも応援よろしくお願いいたします。

追記

Twitterで『そうは言うけど、レビューの文章を考えるのって難しいよ』とお声をいただきました。分かります。こういう風に思ってる方も結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。
ですので、ここに返信したものを貼っておきます。

誠実・真面目な読者に囲まれているんだなーと実感しています。
ありがとうございます(^^)


コメントは利用できません